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英語好き、仏語もかじってます

【対訳】SHERLOCKとサマセット・モームの "The Appointment in Samarra"/『サマーラの約束』

周囲から一年以上遅れてやっと見ました、シャーロックS4E1『6つのサッチャー』。
好きだったキャラが思いのほか早く退場になってしまって悲しい。


エピソードに関して言いたいことは色々あるけど(例えば「遠慮も感謝もない赤ん坊を世話するのは大変だ!」とジョンとレストラードに当てこすりのジョークを言われているシーンのシャーロックの顔がテカテカこんがりしすぎじゃないですか!?青白い肌の探偵はどこへ行ったとですか!?他のシーンで普通の色になっててホッとしたよ!)、ここでは個人的に気になったThe Appointment in Samarra/『サマラの約束』の寓話について調べてみました。エピソード冒頭でシャーロックの語りで紹介され、ストーリー全体に不吉な予言のように影を落とす、死を出し抜こうと足掻いたために逆にその懐に飛び込むことになる男の話です。

 

 

"The Appointment in Samarra(サマラの約束)" 起源は1500年ほど昔のユダヤ教の物語


Radio Timesの記事(Sherlock series 4 episode 1: What is the Appointment in Samarra story that Benedict Cumberbatch narrates? - Radio Times)によると、この不穏な寓話のベースは6C頃までに編纂されたユダヤ教の宗教的典範タルムードの中の物語。つまり1500年ほど昔に編まれたお話しなんですね。
1930年代にサマセットモームの改作で有名になり、その後ジョンオハラの同名小説もヒット。西洋文化の中で知名度を獲得したよう。内容はほぼ同じですが、モームBBCシャーロックとでは語られ方が微妙に違っているようです。

勉強もかねて和訳してみました。SHERLOCK版、モーム版の順番です。


(以下『サマラの約束』本文+和訳)

 

 

 SHERLOCK版【原文+和訳】

 

The Appointment in Samarra (SHERLOCK ーThe Six Thatchers)

There was once a merchant, in the famous market at Baghdad.

One day he saw a stranger looking at him in surprise, and he knew that the stranger was Death. Pale and trembling, the merchant fled the marketplace and made his way many, many miles, to the city of Samarra. For there he was sure Death could not find him.

But when, at last, he came to Samarra, the merchant saw, waiting for him, the grim figure of Death. “Very well,” said the merchant. “I give in. I am yours. But tell me, why did you look surprised when you saw me this morning in Baghdad?” “Because,” said Death, “I had an appointment with you tonight… in Samarra.”

 

シャーロック、6つのサッチャー版『バグダッドの商人』

むかしバグダッドの名の知れた市場に、一人の商人がいた。

商人はある日、見知らぬ人物が自分を驚きの目で見つめているのに気づいた。死神だ。蒼い顔で震えながら、商人は市場を逃れて遠い遠いサマラの街へ向かった。サマラでなら死神も自分を見つけることはできまい。

しかしようやく辿り着いたサマラで見たのは、彼を待ち受ける不気味な死神の影。「いいだろう」商人は言った。「降参だ。好きにするがいい。だがひとつ教えてくれ。今朝私をバグダッドで見たときに驚いたのは何故だ?」

「だって」死神は答えた。「おまえとは今夜、サマラで会うはずだったから」

 

 

サマセット・モーム版【原文+和訳】

 

The Appointment in Samarra

(as retold by W Somerset Maugham [1933])

The speaker is Death

There was a merchant in Bagdad who sent his servant to market to buy provisions and in a little while the servant came back, white and trembling, and said, Master, just now when I was in the marketplace I was jostled by a woman in the crowd and when I turned I saw it was Death that jostled me. She looked at me and made a threatening gesture, now, lend me your horse, and I will ride away from this city and avoid my fate. I will go to Samarra and there Death will not find me.

The merchant lent him his horse, and the servant mounted it, and he dug his spurs in its flanks and as fast as the horse could gallop he went. Then the merchant went down to the marketplace and he saw me standing in the crowd and he came to me and said, why did you make a threatening gesture to my servant when you saw him this morning? That was not a threatening gesture, I said, it was only a start of surprise. I was astonished to see him in Bagdad, for I had an appointment with him tonight in Samarra.

 

サマラの約束
サマセット モーム(1933)

死神による語り

バクダッドのある商人が、召使いを市場まで食糧を買いに行かせた。召使いはしばらくして帰ってくると、蒼白な顔で震えながらこう言った。

「旦那さま、つい先ほど市場の人混みで一人の女に小突かれたのですが、振り返るとそれは死神だったのです。やつは私を見て脅かすような身振りをしてみせました。どうか馬を貸してください。この街を離れて死を逃れます。サマラまで行けば、死神も私を見つけることはないでしょう」

商人は馬を貸してやり、召使いはその背に跨り腹に拍車をあて、全速力で駆けていった。その後商人は出かけた先の市場で、群衆の中に私が立っているのに気づくと近づいてきてこう尋ねた。「今朝私の召使いを見つけた時に、なぜ脅かすような仕草をしたのかね?」「脅かそうとしたわけじゃない」私は答えた。「驚いたのだよ。バグダッドで彼を見かけるとは思わなかった。彼とは今夜、サマラで会うはずだったから」

 

 まとめ・感想

いかがでしょう。個人的にはシャーロック版の一人のとその死との対話というシンプルな構成の方が緊張感があり、鮮やかな印象を残す気がします。現代的な嗜好なのかも知れませんね。
ただタイトルを『サマラの約束』としていいものか悩むところです。『サマラで会おう』という邦題もあるようですが、appointmentと言っても実際は会おうと約束したわけではなく、『サマラの邂逅』くらいにぼかしてもいいのかも。
この寓話はThe Six Thatchersでは、もちろんシャーロックを銃撃することで一度死を免れたメアリの運命を暗示しているのでしょうが、死神相手に紙一重のショーを演じ切り、その抱擁を逃れた主人公も無関係ではないのでは、と不安になったり… でもでも、主人公だしシャーロックだし、大丈夫ですよね!? あと残り2エピソード、気が重いような楽しみなような微妙な気分です。